クリックで救える命がある。

<< 前へ | 1 | 2 |
次 へ>>

オカルドゥンガ病院での活動

医療サービスが届かないネパールの山村では、妊婦検診を受けられる人は極少数で、検診の内容も十分ではありません。

また、山に囲まれ、歩くしか移動手段のないオカルドゥンガの村々では、生まれたばかりの赤ちゃんが検診を受けることもままなりません。多くの場合、村人はすべてを祈祷師に頼るのです。結果、ネパールでは日本に比べて

新生児死亡率は20倍妊産婦の死亡率は138倍

という悲しい現実があります。

皆さんからのクリック募金で支援しているオカルドゥンガ病院では、1人でも多くの妊婦さんが無事に出産できるよう活動しています。

プンファ・マヤ・ライさん(35歳)は、1993年に生まれた最初の子どもを生後2日目で失いました。
プンファさんはその後の3年間、毎年のように子どもを出産しましたが、残念ながらその子どもたちは次々と亡くなってしまいました。

プンファさんは1997年に5回目の妊娠で、初めて政府の保健所で妊産婦検診を受けました。しかし、出産のリスクが高すぎると判断した保健所スタッフは、医師と設備の整ったオカルドゥンガ病院での出産を強く勧めました。夫は借金をしてポーターを雇い、プンファさんをオカルドゥンガ病院に運び、帝王切開で無事に長女が産まれました。

出産後、医師は「次の出産はもっと危険で、母子ともに命取りとなる可能性が高い」とプンファさんに伝えました。しかし、「もう一人子どもがほしい」と願ったプンファさんは、今年になり再び妊娠しました。医師の案じた通り、栄養不良状態のプンファさんが出産をするには非常に危険な状態でした。再びプンファさんを迎え入れたオカルドゥンガ病院は、栄養回復センターに受け入れ、まず栄養不良の手当てを行いました。

2009年7月4日、プンファさんは帝王切開により無事に3000gの男の子を産むことができました。プンファさんの2度の出産を可能にしたのは、僻地で献身的に働く病院スタッフとそれを支えた日本の皆様からのクリック募金によるご支援です。

18万人が住むオカルドゥンガの村々には、プンファさんと同じように、適切な医療サービスが受けられないまま子どもを失ったり、自らの命も失っていく母親たちがまだまだ残されています。無医村に住むネパールの母親たちが、喜びと共に子どもの出産を迎えられるように、毎日のクリック(http://kakaku.com/donation/)をよろしくお願いいたします。

(写真は、生まれたばかりの男の子を抱くプンファさんと長女(右))


 

ネパールの人々の健康を守るために

  みなさまがクリックしてくださった募金は、ネパール東部に位置するオカルドゥンガ郡(人口約17万人、全56ヶ村)にただ1つしかない病院で24時間緊急患者を受け入れたり、郡内の保健所のサービスを強化することに役立てられています。

 昨年5月に、現場を視察をしました。病院へは小型プロペラ機でも行けますが、首都カトマンズからオカルドゥンガ郡の西側まで車輌で1日移動し、その後徒歩4日間かけ地域でおこなわれている保健事業を視察しながら病院に向かうルートをとりました。

活動地域のナラマデスワール村では、子ども、若者、女性たちがグループ毎に保健衛生の啓発ソングを作り踊るという保健ソング大会が行われていました。炎天下、色鮮やかな衣装を身につけ化粧をした少女たちが、一生懸命裸足で踊りました。このように、村人が楽しみながら保健衛生知識を身につけていくような工夫が事業でなされていました。

隣のシンガデビ村では、建設中の石造りの幼稚園から出てくるカマラ・カドゥカさん(25歳)に出くわしました。彼女は、公立小学校のボランティア教師で、2年前に地域保健事業が結成した母親グループの元リーダーです。事業スタッフの指導を受け定期的に村の問題を話し合った彼女たちのグループでは、小さな子どもたちが遠くの小学校まで毎日通うのは大変なので、地域住民からの寄附を募り、最近幼稚園が完成したとのことです。「大変な仕事だったけれど、皆で力を合わせればできることを証明できてうれしい」と語ってくれました。このように、地域保健事業が母親たちの力を引き出し、自分たちで村を良くしていく好例も見ることができました。

標高1000mから2000mの間を何度も登り降りする厳しい山旅でしたが、報告書からはうかがうことのできない、生きた事業成果も確認することができました。
 

<< 前へ | 1 | 2 |
次へ >>

▲このページの一番上へ